繋がることなく触れあうために



 昨日まで三日間降り続いていた雨がやんだので、いつもの路地裏へコウコに会いに行くことにした。
 雨の日は、コウコが路地裏に来ている確率はやや低い。代わりに、続き雨がやんだ時には来ていることが多い。こういう風に話すとまるでコウコが野良猫か何かのようだが、彼女はれっきとした人間の、十代後半の女の子である。
 コウコと僕の関係を説明するのは難しい。彼女にとって僕は、一応、恋人なのだろうと思う。僕に「付き合って」と言ってきたわけだし、彼女に他の親しい人間はいないはずだし。けれど、彼女は僕に恋心なんか抱いていない。一方僕からすると、コウコが恋人だとは言い難い。僕から彼女へは、好意は持っている。だが恋人ではない。そういう相手は別にいる。浮気相手、というのが近いだろうか。僕らはそんな、不均衡で不道徳な関係だ。
 大きめのスポーツバッグを肩から提げて、少し湿り気の残った街を歩く。デート的なイベントだが、服装には最低限しか気を使っていない。コウコは僕にオシャレを望んでいない。それでも僕は彼女にそこそこいい所を見せたい気持ちがあるが、何度か会ううちに、汚れを気にしてしまうような服装は相応しくない、と気付いた。
 曲がり角を何度か折れる。どんどん人通りが少なくなっていく。もう他に人を見なくなってからも、ダメ押しのように二度ほど曲がり、僕たちの場所にについた。ここはコウコの探しだした秘密の路地裏。建物に囲まれ、人は入ってこず、不思議と風は通り抜ける、街の空隙。
 見回す。いた。窓のないビルの壁にもたれて、気配に敏感に気付いたコウコがこちらを見つめていた。目元のはっきりした顔を半ば隠す、腰を越す真っ黒い髪と、小柄な身体を包む丈の長いワンピース。有り体に言って魔女か、こう言うと怒るが貞子のよう。彼女は大体いつも似たようなスタイルだ。
 声をかける。
 ――やあ。
「……どうも。来ましたか、嬉しいですよ」
 コウコは、目元にも口元にも笑みの欠片すら浮かべずに言った。
 僕は彼女の隣まで歩いていき、一緒に壁にもたれる。
 ――数日ぶり。
「そうですね、会いたかったです」
 そんなほの甘いセリフを口にする時でも、コウコは真顔だ。
 ――ここのところ、雨だったから。
「ええ、雨の日にまでわざわざ私に会いに来たりしなくていいんですよ」
 ――コウコは、降ってる間にここに来た?
「……どっちだっていいじゃないですか」
 コウコは返事をぼかした。ぶっきらぼうな口調ではあったが、その答えから、やっぱりコウコは僕相手でも気遣いをしてしまうのかな、と思う。来たと答えれば、僕がコウコを待ちぼうけさせてしまったと思わせることになり、来なかったと答えれば、僕に会いたくなかったというような意味にも取れる。どちらも回避するために、曖昧な答え方をした……のだろう、多分。単に答えるのが面倒だったからという可能性もあるが、色々考えるコウコのことだ、そんな安易な思考はしないはずだ。そして、コウコがそんな風に少し困るのを分かって質問をするあたり、やっぱり僕は性格が悪いのだろう。
 そう、僕は性格が悪い。コウコはそれを見取って僕に声をかけたのだ。
 コウコは、他人に嫌われるのが怖くてたまらないのだという。誰だって人に嫌われていい気はしない。けれど、コウコのそれは度を越している。どんな人間にも、絶対に嫌われたくなくて、必死に気を遣って自分を削って、それでも常に怖くて怖くて、不安で、消耗してしまうのだそうだ。縁の薄い相手にすらそうなのだから、少しでも親しくなって、コウコが好感を持った相手ともなると、もう接触することが辛くて仕方なくなる。好きな相手に嫌われるのが怖くなるのは当然だが、普通の人間はそれでも好意の方が勝るから、相手と会い続ける。けれどコウコは、恐怖と怯えの方が勝ってしまうらしい。おかげで、他人と必要最低限以上の縁ができるたびに、引っ越しをしては人間関係をリセットしているんですよ、と彼女は説明した。人が一人で生きられないのは絶望ですね、とも言った。
 そんなコウコだから、街で見かけた僕に声をかけたのは、ひどい特例である。特例と言うか、唯一の例だ。コウコが僕に声をかけたのは、僕に彼女の恐怖を打ち消すくらい運命的な魅力を感じたから、なんていうわけではまったくない。逆だ。コウコは、僕に全く魅力を感じないという。あらゆる人間に好かれたいと思う彼女が、ただ一人、全く好かれたいと思えないのが、僕なのだ。僕に嫌われることは全く怖くなく、だからコウコは僕の前でのみ素直でいられる。僕はコウコにとって砂漠のオアシスであるようだ。コウコは何度か僕を観察し、それでもやはり僕に好感を持つ余地が全くないと確信して、僕に付き合ってくれと声をかけた。
 僕としては、複雑な気分ではある。女の子に特別扱いされて、おまけに付き合えるというのは普通に考えれば嬉しいのだが、その理由がこれでは、素直には喜べない。というか正直、あまり理解できない。
 他人に嫌われるのが怖いというのは、想像できなくもない(コウコの恐怖には遠く及ばないのだろうが)。好かれたいと思わない相手だから、嫌われるのが怖くない、という理屈も分かる。けれどだからって、その世界で一番好意を持てない相手と、特殊な関係になって一緒に時間を過ごしたい、というのが僕には不思議だ。
「…………」
 気付くと、コウコが僕を見つめていた。
 ――何?
「いえ。何か考え事をされてるようなので、何かなと。ああ、気にせずいくらでも考えていてくださいね。その気持ち悪いことを考えていそうな表情にほっとします」
 ――そう。
 コウコは、僕のことをしばしば気持ち悪いと評する。まあ、そう思われるのは仕方ない。僕がコウコを理解できないのは、そんな気持ち悪い相手と望んで一緒にいようとしていることだ。不快ではないのだろうか? いくら気楽な相手だからと言って、気持ち悪いと感じるストレスの方が多そうなものなのに。僕は、嫌いな奴の隣にいるくらいなら、一人でいたいと思う。他の人だってそうだろう。なのにコウコは、僕と会いたいと言う。僕といることで安楽を得ると言う。不思議だ。その不思議さが、僕にコウコと会わせているのかもしれない。そのためだけじゃないけど。
「占いに、誕生日って使いますよね」
 不意に、コウコが呟いた。僕と彼女は、互いに、思いついたことがあれば脈絡など特に気にせず口に出し、思いつかなければいつまででも沈黙する、そんな風にしている。僕がそうしたいと言ったし、コウコもそれは気楽ですと言ってくれた。
 ――ああ、使うね。
「何なんですかねあれ。誕生日が同じだったら運命が同じなんて、ナンセンスだと思いませんか。星座占いやら九星占いやら動物占いやら、最近だと365日占いやら」
 ――ナンセンスって言う割に、結構知ってるじゃない。
「円滑な人付き合いのためには必要なんです。とにかく、馬鹿馬鹿しい。私と同じ誕生日で同じ時間に生まれた人を探したら、私みたいな厄介な性質を持ってるのかってんです。……それなら、どんなにいいか」
 呟いた言葉に、油絵の具のように影が塗り重ねられていた。それに同情してみてもよかったのだろうけれど、僕はそうしなかった。
 ――占いや性格診断なんてそんなものじゃないか。人をいくつかにパターン化する。一番シンプルだと、男脳か女脳か、とか。少しだけ複雑にして、血液型。タロットなんかだとそこそこ複雑だけど、それでも人の複雑さには全然かなわない。
「……そうかもしれませんね。だから占いって嫌いです」
 ――でもそんな複雑な人の社会で、コウコと僕が会えたことは奇跡だ。
「はっ」
 コウコは口を歪め、あからさまな侮蔑の視線を僕に向ける。
「陳腐なのにおぞけの走るセリフ。流石ですよ」
 ――コウコは厳しい。
 コウコ、という名前は本名だとコウコは言っている。名字は知らないし、コウコが本名だというのも本当かどうかは分からない。どっちでもいいが、偽名のような気がしている。だって、僕は彼女から見たら最悪の人間なのだ。ストーキング行為だってするかもしれないのだ。そんな男に本名を名乗るだろうか。コウコは、それなりに安全意識のある人間だ。
 彼女から見たら最悪、と言ったが、一般的に見ても、僕はろくな人間ではないだろう。端的に言って、僕はひどい嘘つきだから。人には言えないようなことも何度もしている。他人を裏切ったことも何度もあるし、現在進行形でも裏切っている相手がいる。幸い現実での殺人なんかはまだ犯していないけれど。コウコと付き合っていることだって、他人には明かせないことの一つだ。どうやって見抜いたのかは分からないが、コウコの僕に対する感覚はある程度は正しかったのだろう。
 改めて気になって、たずねる。
 ――コウコって、どんな風に僕を見つけたの?
「街を歩いていて、見かけました。最初の時は、あなたはゲームセンターから出てくるところでした。その、何ですかね、雰囲気と言うか、歩き方、表情、姿勢、仕草、全てが……。私、どんな人でも、初対面でも、その人が楽しくなるために私は何ができるかな、って考えてしまう。でもあなたには、あなただけには、そんな気持ちが微塵も湧きませんでした。一目で分かりましたよ、この人は特別だ、って」
 ――ふーん、ゲーセンか。コウコもゲームするんだよね。
「ええ、まあ、据え置きゲーム機を一台持ってるので、それなりに。対人ゲームはもちろんしませんが。音ゲーとか好きです、何も考えずに済みますから。ああ、でも、パソコンの……フリーゲームとかってあるじゃないですか。ネット上で公開されてるゲーム。あのタイプのは、ちょっと苦手ですね。なんだか、作者が近い気がして、作者のことを気にかけちゃうんですよ。良かった探ししなきゃいけない気がして疲れます。やったことないですけど、きっと同人ゲームとかもそうだと思います。ゲームが趣味ってわけじゃないんで、わざわざ買いにいく気もないですしね」
 コウコらしい言葉ではあった。フリーゲームには商業ゲームはないコンパクトさと大胆さがあって、僕は好きなのだが。
 ――ゲーセンには行ったりしないの?
「……本当にどうしようもなく暇で、何かの気の迷いで騒音が聞きたい時に、ごくまれに、覗く程度に。音ゲーとか少ししてみたいですが、他の人を待たせそうなのでできません」
 ――じゃあ今度僕と行こうよ。
「え?」
 意表を突かれた、という表情。
 ――ゲーセン。一緒に行って、ゲームしよう。僕相手なら対戦ゲームとか協力ゲームも気楽にできるでしょ。だからやろう。それから、UFOキャッチャーとかして……ああ、プリクラも撮ろうよ。
 コウコは、少し黙った後、鼻で笑った。
「馬鹿ですか? 馬鹿なんですね? 何考えてるんですか? あなたと対戦ゲーム? あなたと人前に出るなんて冗談じゃありません。何か勘違いしてませんか?」
 ――でも僕はコウコとデート的なこともしたいわけで。
「…………。ダメです。諦めてください。あなたの希望はできるだけかなえたいとは思いますが、人目につくのは、ダメです」
 ――そっか。仕方ないね。
 残念ではあったが、無理強いはしない。僕はコウコのことが好きだから。
 それからいくつか、他愛のない話をした。ケセランパサランのこととか、小学校の頃の嫌いな教師のこととか、全く趣味の噛み合わない小説のこととか。ふと、コウコは本当に楽しくて笑ったことがあるのか、なんてことも尋ねたら、「もちろんありますよ、映画とか観て」という答えが返ってきたので、なんだか少し安心した。
 二時間ほど話をして、いつもより少し早く僕は帰ることにした。
 ――じゃあねーコウコ、愛してるよん。
「私があなたにそういう感情を向けることがないのに、なんでそんなことを言うんでしょう。変な人だなあと思うだけですよ。まあ、また来てくださいね」
 そんな言葉に送られて、路地裏から抜け出した。



 翌日の夜も、僕は路地裏に向かった。
 コウコがいるかどうかは五分五分だったが、
 ――やあ。
「おや、日参ですか。暇なんですか?」
 ――コウコだってそうじゃないか。
「私はあなたと可能な限り会いたいですから」
 そんなことを言うコウコは、多分これ以上なく素直ではあるのだろう。クールでもあるのだろう。だから素直クールと言えなくもないのだろう。好意を持ってくれない素直クールに、僕以外の人が魅力を認めるかは謎だが。
 街灯の下、コウコの隣まで行って、昨日のように壁にもたれる。
 今日のコウコは、濃緑の半そでワンピースだった。コウコはあまり暖色の服を着ない。他人が親しみやすさを感じて、距離を詰められては嫌だから、ということらしい。他人を不快にさせずに距離を取るというのは、なるほど難しいのだな、と思う。僕には無理だ。
 ――はい。
 僕はおもむろに、自分のスポーツバッグからラッピングされた箱を取り出して、コウコに差し出した。
「?」
 コウコは片眉を上げ、警戒したように受け取らない。
 ――見ての通りプレゼントだけど。
「……何のです?」
 ――誕生日。昨日、占いに誕生日がどうとか言ってたから。誕生日近いのかなって思って。全然ずれてるかもしれないけど、何日か教えてもらってないから、まあこの機会に渡しておこうと。
「…………」
 常に見開いてる感じの目をさらに丸くして、コウコが僕を見つめる。小さく口が開かれ、閉じる。遠くで救急車のサイレンの音がした。
 しばらくの時間の後、コウコの目が逸らされた。
「安易な手。これがあなたの手管ですか」
 出てきたのは辛辣な言葉だった。見透かされた気分になって、今度は僕が言葉に詰まる。不快な気分ではなかったが、何を言っていいか分からないのには違いない。
「こういうの、やめてください。私はこういうことをしてほしいからあなたと付き合ってるんじゃありません。友愛関係なんて私には害にしかならないって、何回言えば分かるんですか?」
 少し早口で、そう言われる。
 ――そう。
 僕は考えて口を開く。
 ――じゃあ、持って帰るよ。
 箱をスポーツバッグに戻そうとする。と、
「……いえ」
 コウコが僕に目を向け直した。
「それも、悪いですし。まあ、今回だけは。受け取ります」
 唇を噛みながら、静かに手が伸ばされた。
 今までのキツイ言葉は、照れ隠しというよりただの本音に近くて、きっとコウコは本当にプレゼントされることが嫌で、それでも受け取るのは、あくまで拒否して僕にプレゼントを無駄にさせるという負い目を感じたくないからという一種の打算からなのだろうが、それでも、僕はコウコが可愛いと思った。
 ――ん。よかった。
 ニヤリとしないように気を付けながら、箱を渡す。
 ――で、誕生日近いの?
 僕の問いかけに、コウコは、重い物を持ち上げるように一瞬息を止め、大きく吐いて答えた。
「……全然。最大限ずれてます」
 ――あ、そうだったのか。先走ったな。驚かせようと思ったけどスゲーすかした。半年先なんだ。
「……一年後です」
 ――ん?
 それはつまり。
 ――昨日?
「……そうですね」
 ――あー、そっか。そうかー。そりゃ大外れだね。そうかー。
「何を嬉しそうにしてるんですか。不気味です」
 コウコは仏頂面で吐き捨てる。手元で箱をくるくると持ちかえていた。
 ――ハワイ時間ってことで何とかなんないかな。
「ここは日本です。それにもう、19時を過ぎてます」
 ――じゃあ仕方ない。一年後に期待してもらおう。
「もうやめてくださいと言ったじゃないですか! ……ああもう、だから誕生日とか伝えてなかったのに……気が緩んでたか」
 ――そうだねプロテインだね。
「死ね。古い」
 罵倒して、コウコは箱に目を落とす。
「で、この中身は何なんですか」
 ――なんだと思う?
「……CDとか」
 ――外れ。
「じゃあ何です?」
 ――開けてみたら。
 コウコはため息をついて、ガサガサと包装を外し始めた。手こずっている。
「妙に開けにくい……」
 ――ああごめん、自分でラッピングしたから。
「不器用なんですね」
 それでもコウコはなんとか包装紙を破かないように取り去った。中からは蓋をされた紙箱が出てくる。
 溜めも何もなしに、無造作に開けられた。
「…………!」
 コウコが声を上げようとして、詰まる。
 中には、丸められた布がいくつか。白、ピンク、水色、無地、柄あり、色々。
「! ッ! このッ! このッ!」
 コウコの顔が真っ赤になって、目がつりあがっていく。呼吸が荒い。
 ――いっつもえっちなことするたびに取り上げてたけど、よく考えたらうちに沢山あっても困るから、返すよ。あ、洗ってあるし、変なことに使った分は入れてないから安心して。
 バチンッ!
 澄ました顔で言ったら頬をはられた。かなり痛い。
「あなたは! なん、なんでこう! ああ!」
 わなわな、と自分のパンツの詰まった箱を震わせながら、コウコが睨みつけてくる。かなり怖い。いまいち言葉を発せられていないが、僕を罵ろうとしてることだけはよく分かった。
 ――ごめんなすって。痛っ。
 とりあえず謝ったのにもう一発ぶたれた。
「本当に……クズ……!」
 ――だから僕と付き合ってるんでしょ。でもちょっと待ってよコウコさん。
 もう少しからかいたかったが、我慢する。僕はコウコが好きだから。あとまた頬をぶたれたら嫌だから。
 ――入ってるのはパンツだけじゃないんです。探ってみてよ。
「……嫌です」
 ――えー。
 不平の声を上げた僕に、コウコは全身から威圧感を与えてきた。
「変な物が仕込まれていてビックリするのは嫌です。あなたが自分で出してください」
 ――うわあそういう風にしますか。自分へのプレゼントを贈り主に開けさせますか。コウコさんは酷い人だ。
「早く」
 問答無用の言葉と共に箱が突き出された。しぶしぶ受け取る。ほとんど使われていなかったと思われる(僕も使ってない)ふわふわしたパンツをかき分けて、奥に隠しておいた物を取り出してコウコに見せた。
 ――これなんだけど。
 コウコは目をすがめてそれを見る。
「……ニンテンドーDSに見えますが」
 ――DSです。
「普通の?」
 ――普通の。新品。
 胡散臭げに小首を傾げられる。
「何で?」
 ――何でって言われても。コウコとゲームしたかったから。最初は香水とかアクセサリにしようかと思ったけど、好み別れすぎそうだし。
「……まあ、あなたからもらった物なんかつける気にはなりませんね」
 ――でしょう。
 コウコの指が少し空中で迷い、しかしDSを受け取ってくれた。
「せっかくなので、いただきます。……ありがとうございます」
 ――パンツは? 女の子の下着ってよく分かんないけど、コウコのは一枚百円レベルじゃなさそうだったよ。
 コウコの視線が氷の針になった。
「本当に変なことに使ってないでしょうね」
 ――使う分は、特に気に入ったのを別に確保してあるから。
「最低……」
 呟きつつも、コウコは箱も掴んでくれた。昨晩、上からDSが見えないように工夫しつつパンツを詰める時は軽く死にたくなっていたが、その甲斐があった。
 腰をかがめてコウコが自分のボストンバッグにDSを入れるのを見ながら、どんなゲームをしたら楽しいかなあ、と考える。対戦ゲームでやりこめて悔しがらせるのも面白そうではあるけれど、それは何となく純粋なゲームの楽しさではないような気がする。そもそも、実は僕はそんなにゲームが得意でもないし。コウコとはもっとシンプルに、和気藹々と遊びたい。新しいソフトを買って、お互いゼロから始めようか。 
 ……それにしても、二度打たれた頬が痛い。コウコにぶたれるのは久しぶりだった。結構力を込められたらしい。ジンジンと熱を持っている。コウコは腰を突き出している。
 ――熱い、な。
「はい?」
 体を起したコウコがたずねる。
 ――えっとさ。
「なんですか? 遠慮せず何でも言ってくれていいんですよ」
 コウコは背が小さい。多分その辺の中学一年生より低い。その高さから僕を見上げて、冷めた表情で甘さびたことを言う。
 ――そう、それじゃ。
「きゃっ」
 僕はコウコを強く抱きよせた。そのまま口づけする。
「んっ……んんむっ……」
 驚いたコウコがもがく。逃がさない。頭の後ろに手を当てて、上からかぶさるように押し当てる。コウコの唇は柔らかくて少し冷たい。僕の唇で彼女の下唇を挟む。ふにふにしている。
「ふっ、く」
 くすぐったそうにコウコが鼻から息をもらした。でも、もう逃げようとはしない。それを確認して、顔を離す。
「ふあ」
 コウコが湿った息を吐いた。抱きよせたままの僕の喉に当たる。
「こんな、突然……」
 ――遠慮しなくていいって言ったじゃない。
「そ……んっ」
 僕の言葉に、何かを言い返そうと開いたコウコの口を塞いでもう一度味わう。さっきより熱を持って、さっきより柔らかくなっている。
 ゆるいグミのような唇の隙間に、舌を滑りこませる。コウコがぴくんと震えた。口腔内を散歩する。
「んん……」
 鼻にかかった声でコウコが小さく呻く。噛み合わされた歯の間を軽く押してねだると、ゆっくりと開かれた。更に奥へ乗り込み、コウコの舌に触れる。コウコはもう目を閉じている。舌を絡める。甘い、ような気がする。コウコのぬめりを吸って、僕のぬめりを与える。こくりこくり、とコウコの喉が動く。コウコは僕の唾液に汚されながら、軽く眉根を寄せている。今コウコが思い切り歯を閉じたら、僕は激痛と共に死ぬ。僕が優位に立っているようで、生命はコウコに握られている。そのねじれた認識がいい。
 天井を一撫でして、唇を離した。こねられ混ざり合った唾液が銀糸のような橋をかけ、垂れて切れた。
「はっ、はぁっ、は……」
 目を閉じたコウコの頬は、ほんのりさくら色に染まっている。色白で普段仏頂面なコウコの頬が染まると、理性を侵す色気がある。
 ゆっくりとコウコの目が半分開けられ、少し小さめの黒目が僕を見る。
「その……する、んですか」
 ――するよ。
「……いつも、思うんですが。これっていわゆる青姦ですよね。抵抗、ないんですか。私は、あなたとなら、いいんですが」
 ――なかったわけでもないけど。
 コウコの胸とお尻に同時に手を伸ばす。
「ふ」
 反射的に身体を固くしたのがお尻の感触で分かる。解凍してほぐすようにゆっくり撫でる。
 ――外で、キスとか、この辺いじるのは慣れてたから、そんなでもなかったかな。
「……他の人にも、こんな風にいやらしくまさぐってたんですか。相手の方が可哀想ですね」
 ――そうだね、反省してる。
「嘘つき……くっ」
 ちょっと強く胸を掴むと、押し出されるように息が漏れた。多分まだ気持ちいいんじゃなくて、単純に痛かったんだろう。上気した顔に見下した笑みが浮かべられる。
「不作法ですねえ。いいですよ、どうぞ好き勝手やってください。私の体はあなたの玩具ですから! いやらしく、乱暴にしてください!」
 ――乱暴って、こんな風に?
 猛禽類になったつもりで、お尻に思い切り爪を立てた。これは僕の獲物、というように。
「つっ……! ええ、どうぞ」
 ――もっと強くがいい?
「……人を、マゾみたいに、言わないでください。できれば、優しい方が、いいっ、です」
 ――努力するよ。
 お尻に加えた力を緩め、赤くなってしまっただろうそこをなぐさめに、ゆるゆるとさする。コウコのお尻は、それほど肉がついている感じではないけれど、代わりに女の子にしては弾力がある。触っていて心地いい。揉んで、持ちあげる。隙間に指を深くこじ入れて下から上までなぞると、コウコが顔をしかめる。それが面白くて何回も往復していると、コウコが声を上げた。
「それ、やめてください……」
 ――なんで?
「な、なんでって……」
 ――お尻の穴が広げられる感じがするから?
「ばっ……か……! 下品!」
 胸を叩かれるが、密着した状況では痛くもない。
 ――嫌いじゃないでしょう。
「あなたは嫌いです!」
 ――そりゃ僕のことは嫌いだろうけど、僕の手がしてることの話だよ。
「知りません!」
 胸に当てた左手も動かす。ふくらみを手の平で少し押しつぶしながら、こねるように円を描く。服の中でうにゅうにゅと形が変わる。
「……おっぱい、好きですね。胸好きはマザコンって話もあるそうですが……そうなんですか? それでもいいですけど」
 ――どうかな。母さんはちっちゃい頃に死んだから、そうかも。
「え、あ……そ、そうだったんですか……それは、その、」
 ――嘘です。
「あなたは……!」
 また睨まれてしまった。仕方がないので胸を揉む。
 ――まあ、子供っぽい所はあるかもね。
「本当にガキですもんね。ボランティアで子供と接することがありますが、あなたの方がよほどガキっぽい」
 ――ガキはここまでしないよ。
「ひっ……」
 胸元から左手を差し込むと、コウコが息をのんだ。無視して手を進める。ブラジャーの中に無理やり潜り込ませる。人の温もりが手を包んだ。
「やだ……苦しい、です……」
 ――僕は楽しいんだけど。
「締めつけられて……。ブラ、外させてください……」
 ――自分から外させてだなんていやらしい。どうぞ。下も脱いでほしいな。
「…………」
 恥ずかしそうに小さく頷かれた。名残惜しかったが、一度コウコを解放する。コウコは服を着たまま器用に上下の下着を取り、僕に背中を向けてボストンバッグの上に置く。色は薄緑だった。コウコが僕に向き直る前に、後ろからぎゅっと抱きしめた。
「うわ!」
 コウコのトレードマークである、たっぷりした髪に顔をうずめる。シャンプーかリンスの香りがする。
「舐めて汚したりしないでくださいよ。いくら洗っても落ちなそうじゃないですか。髪は綺麗にしてるんですから」
 ふわっとした毛に頬をこすりつける。つるりつるり、とよく滑る。月並みな表現だが、絹のようだ。
「吐息が頭に……気持ち悪い」
 ――髪、染めようと思ったことない? 金髪とか黄色とかだと、人から距離取られやすいと思うよ。ほら、黄色は警戒色、みたいな。
 知り合いの、そういう髪色の人たちを何人か思い出しつつ尋ねる。
「染めませんよ。距離を置かれるのは好ましいですが、警戒ってことは不安を与えてるってことじゃないですか。そんなの、申し訳ないです」
 コウコの答えを聞きながら、手を動かした。改めて、胸元から手を入れる。片方のふくらみを手で覆って圧力を加える。よく日に干して膨らんだ羽毛布団みたいな感触。でもそれなりに重い。コウコは極端な巨乳ではないが、低い身長から考えると、アンバランスと言っていいくらいにはある。ファッションは不健康そうだが、肉体は健康的だ。
「んっ……は……」
 自分がマザコンかどうかは知らないが、女の子の胸を触るのは確かに好きだ。特に素肌は。触れているところから、物理的な物だけでない温もりが染み込んでくるようで、同時にそれとは相反して、何かが吸い取られていくようで。そんな柔かさと重さを味わってしばらくまさぐっていると、
 ――ねえ、なんかころころしたものが当たるんだけど。
「それはっ……! こ、こんなに揉まれたら、た、立つに決まってるじゃないですか……!」
 ――何が?
「…………!」
 僕のおっさん臭い質問に答えがないので、そこをつまんでみた。
「くぅっ! う、ううっ、や、ち、ちく……つねらないでっ……」
 つねるなと言うので、こりこりと転がす。
「んっ、ピリピリって、するぅ……」
 コウコの先端は大きくはない。そしてちょっと固め。分かりやすい変化のあるところは、やっぱり触りたくなる。いじっていると、コウコの息が荒くなっていく。
「やだ、そんな、そこばっかりっ……えっち……」
 声が溶け気味だ。その気になってきてくれたらしい。胸全体も、しっとりとわずかに汗ばんできた気がする。手の平に吸いつく感じが心地よくて、ちょっと強く揉みしだいた。
「痛っ……! あぁ……遊ばれてる……こんな勝手に体をいじられてる……。いいですよ……もっと強くしても……」
 こういうセリフを聞くと、コウコはマゾヒストなんじゃないか、と思う。嫌悪感を持っている僕に凌辱されるのが喜びなのは、マゾヒズムじゃないのだろうか。けれど彼女はそうではないと言う。僕は違いが良く分からない。考えてみたことはある。マゾヒストは貶められる自分に興奮するが、コウコは、被虐する自分よりも、僕の気持ち悪さに安心して興奮している、とか。自分を視野の中心に置くマゾヒストに対し、コウコはあくまで僕を見ている、なんていうのは自惚れすぎな思考だろうか。あくまでコウコが僕を見るのは軽蔑の視線なのだから、自惚れと言っていいのか分からないけど。
「おっぱい、だけで、いいんですか……?」
 コウコが体をひねって僕に顔を向けた。瞳がテラテラと、油膜を張ったように濡れている。
 ――じゃあ別のとこも。
 胸をまさぐっていた腕を、さらに服の中へ押し込む。
「えっ? や、あっ、どこ触って……くふっあはっ」
 胸のさらに横。コウコの脇の下に指を這わせた。胸よりも汗をかいているのを感じる。ぺたぺたしている。
「……なんでっ、そんな、あふっ、場所触るんですか、んっ、おかしい……!」
 ぐりぐりと押し込むと痛がる。さわさわと撫でると笑い声を上げる。反応が良い。指をうごめかすたびにコウコの体が動くので、もう片方の手でしっかりとホールドして、存分にいじる。
「うくっ、きゅ、う……、やめっ、んんっ、は、あ、はぁ……ぁ……」
 しばらく遊んでいると、コウコの息が切れてきた。
 ――ここって感じるの?
「……ぴくぴくします……こんなの普通じゃない……変、態……あはぁっ」
 爪先で引っ掻くと、頭をのけぞらせて喘いだ。囁く。
 ――生えてないんだね。すべすべ。
「や、やだっ! なんで、わざわざそういうこと言うんですか……! ……処理、してますから」
 ――ふーん。
 返事をして、さっと胸元から手を引き抜く。
「?」
 不思議そうな顔をして振り向いたコウコに見えるように、指の匂いを嗅いだ。
「!?!?!?」
 ――甘酸っぱくて柑橘っぽい? でもちょっと枯れ葉みたいな感じも混ざってる。植物系なんだねコウコは。なんか嗅いでるとよだれ出てくる。
「〜〜〜〜〜〜ッ!! 死ね!! お前本当に死ね!!! 屑!!! 異常者!!! 気持ち悪い!!!」
 ――嫌いな匂いじゃないよ。むしろかなりいい匂い。建築物の匂いとかするより良いじゃん、フェロモンフェロモン。
「黙れ! 黙れ死ね!! 下種!」
 僕はくんくん、と鼻を鳴らしてもう一度嗅いだあと、指を口に入れた。味わう。
 ――うん、やっぱしょっぱいや。
「……あ……あ……」
 愕然と口を半開きにして、コウコはもう言葉を失ってしまっていた。指を吐きだし、コウコの耳に口を近づけて話しかける。
 ――今度直接舐めさせてよ。そんな念入りに洗ったりしてこなくていいから。いい香りだった。
「……信じられない……底が見えない」
 ――多分違うんだろうけど、コウコの耳垢が湿ってるタイプだとしても気にしないし。むしろご褒美ですみたいな。
 コウコは茫然自失としたまま、僕の言葉を拾う。
「……耳垢? なんで?」
 ――湿った耳垢の出る人はワキガタイプなんだってさ。この質問でさりげなく他人がワキガかどうか確かめられるから使ってね! ……で、コウコは湿ってる?
「知るかバカ!」
 コウコを抱きしめていなかったら、また殴られていたかもしれない。命拾いした。もらった命を有効活用するために、次の行動に出る。
 ――じゃあ確かめさせてもらおう。
「え? ひゃああ!?」
 コウコの髪をかき分け、ぬち、と耳に舌を差し込んだ。コウコががくりと震え、膝が折れそうになるのを支える。
「や、やあっ、なに、ぐちゃってっ」
 耳の穴に舌を入れる。実際にはそんなに深くは入れられないが、出来る限り舌を細くして舐める。
「うっ、やだこれっ、こわっ……あ、ああっ、こんな場所まで犯されてるっ……」
 全身の筋肉が収縮しているのが伝わってくる。コウコの頭の中には、ぐちぐちという音が響いていることだろう。片方だけでも聴覚を支配されれば感覚は鋭敏になる。ゾクゾクした寒気のような感覚が体を走っているのが、抱きしめている僕にもわかる。中耳炎になられたら嫌なので、唾液を注ぎこんだりはしない。少し舌を引っ込めて、外耳も舐める。凹凸の形状を隅までなぞるように、じっとりと舌を這わせる。きっと今まで、コウコのここを舐めた人はいない。新雪に足跡を残す喜び。それからもう一回耳の穴を味わってコウコを暴れさせてから、口を離す。
「あっ、あ……」
 ――これでコウコちゃんの耳垢も湿ってしまいましたな! 味は苦かったなあ。
 コウコはうつむいて、息を弾ませていた。厚い髪に隠れて表情が見えない。お腹に回した手に、熱と呼吸が伝わる。コウコの生を感じる。
 少ししてから、ゆっくりとコウコがうめいた。
「……だったら、もうやめてください。なんですか、さっきからの一連のは。どっかのエロ漫画でも見て覚えたんですか。脇をくすぐるくらいならまだしも……その……嗅いだり……舐めたり……耳まで……最低」
 ――気持ちよくなかった?
「……気持ち、悪かったに決まってるじゃないですか」
 ――じゃあそれも確かめさせてもらおう。
 コウコのスカートを後ろから一気にめくり上げた。真っ白い臀部がさらされる。そんなに肉がついてはいないと言ったけど、やっぱりこう見ると女の子らしくふっくらと丸い。立派な野外露出だなあ、なんて思う。
「きゃっ!」
 声を上げたコウコの、お尻の下から手を潜らせて、閉じた場所に触れる。
 くちゅ、と水音がした。
「いや、いや……」
 コウコは小さく首を振っている。押し広げると、とろりと温かい粘液が溢れてきた。軽く指でタッピングするようにすると、ぴちゃっぴちゃっと音が響く。
「あっ、んんっ、だめぇ……違うの、これは違うの……」
 ――えっち。
「う、うう……だって……あんまりあなたが、気持ち悪いから……んあっ」
 熱いぬかるみになっているそこで指を泳がせる。ドロドロだ。柔かく繊細な粘膜を傷つけないように、そっとかきまわす。
「ふあっ、ふああんっ……はっ……」
 コウコの匂いが濃くなる。汗だけでない、もっと生々しい匂い。動物的な匂い。
 指を伸ばし、尖った場所に触れる。くっ、と押し込む。
「んんんっ! そこっ………いっ……ですっ……」
 ぷるる、とコウコがお尻を揺らす。僕は気をよくして、宝石を磨くように尖りをこすりたてる。コウコが喉で鳴くような、いやらしい声を上げる。
「う、うう、う……こぼれちゃう……」
 見れば、コウコの引き締まった太股から膝近くまで、光るものが伝っている。
 ――もうこぼれてるよ。膝まで来てる。
「いやぁ……言わないで……音、立てないでぇ……」
 ――何の音でしょう。
「…………」
 指を、コウコの中心につき入れた。ごぽり、と中に溜まっていた物が出てくる。僕の手は甲までそれにまみれている。膜はもうない。僕がもらった。
「あああぁぁっ……! ……私の、おつ、ゆの音……!」
 コウコが消え入りそうな声で言った。もう少し過激な言葉で言ってくれないかな、なんて思ったけど、正直言葉責めとかは僕もよく分からないしこれはこれで可愛いので我慢する。
 今までの付き合いで、コウコは、自分が感じていることを口に出して告白するのが好きだ、というのが分かってきた。きっと、普段自分を押し隠しているコウコだから、あさましい自分を打ち明けることに強い開放感を覚えるのだろう。僕を変態変態と言うが、コウコだって結構なものだ。でも、いわゆる卑語の類を無理やり言わせようとするのは喜ばない、ということも分かった。普段の語彙にない不自然で下品な言葉を言うのは、コウコにとって抑圧感や演技感があるのだろう。コウコが僕とのこういうことに快感を感じるのは、精神的に自然体を出せるから、というのが大きな理由なのだと思う。だから、抑圧は快感を阻害する。抑圧感を喜ぶのではない辺り、やはりマゾヒストではないのかもしれない。コウコにとって程よく恥ずかしくも不自然じゃない言葉を言わせるのはなかなか難しいけど、僕も興奮する。
 ――それにしてもコウコは沢山濡れるよね。
「そっ……そうなんですかっ……?」
 コウコが恥ずかしそうに言う。
「私……感じすぎるのかな……」
 ――ただの体質だと思うけど。そんな不安になるほど気持ちいいの?
「!」
 ――こういうのとかどう?
 指を鉤型にして、内壁を軽く引っ掻くようにすると、また粘液が掻きだされた。親指で会陰部を押し、入っている指とで、ふっくらしたそこの肉を挟むようにする。あふ、とコウコが声を漏らし、中が収縮して指を締め付ける。きつく、そして更に熱くなる。
「いいっ……すごっ、はい、気持ちい、ですうっ……! 絞り取られる感じ……!」
 コウコの腰が、更に刺激を求めるように押し付けられる。僕はそれに応える。じゅぷじゅぷと音を立てて指を出し入れし、外の指ではあちこちを抑える。
「そうっ、そうしてっ、ぐりぐりってっ……!」
 あんまりコウコがよさそうなので、悪戯をしたくなった。
「いっ!?」
 親指を伸ばし、後ろのちょっと色の濃い窄まりを撫ぜた。
「だ、ダメッ、それはダメッ! 汚いから!」
 ――そう言わずに。
 力を込めてみる。親指にもたっぷりコウコの体液がついていたせいで、ぬるりと1cmほどめり込んだ感触があった。
「いやあああああ!」
 コウコは必死に後ろを締める。でも、ぎゅっと締めれば余計に指の感触を意識することになるはずだ。もとより深く入れるつもりはないから、好都合だったりする。ぬ、ぬ、と、徐々に、力をかけて、固い蕾に覚えこませるように前後させる。
「う、うあ……、いや、いやだぁ……あっ」
 コウコが背をのけぞらせて、忌避の声を出す。でも、そこに滲んでいるのは嫌悪だけじゃないのが分かる。
 ――どんな感覚?
「く、ん……。押された時は、なんだかグウッて口が開いちゃって……戻される時は、お、尻が、背伸びしてるみたいな……やっ……」
 ――背伸びなら気持ちいいんじゃない?
「でもっ、でも怖いんですっ……! やめて……怖い……ぃ」
 怖がられてしまった。怖がらせてしまった。それは、望むところではない。
 最後に、ぐにっとねじりを加えて一声鳴かせてから、コウコの窄まりから指を離す。
「は……」
 コウコが安堵の息を吐いた。前に入れていた指も抜く。そのまま、コウコの股間から手をどける。
「あ……? 次は、何をしてくれるんですか……?」
 コウコが時間をかけすぎたお風呂上がりのような顔で、僕の様子を窺った。僕の次の行動を期待している。そのふにゃふにゃな様子に、こみ上げる物があった。
 コウコの髪を、股間から引き抜いた手で掴んだ。もう片方の腕で、コウコの小さな体を両腕ごと抱きかかえる。コウコの髪に、彼女の体液がべっとりとつく。指にしなやかな髪が貼りついてくる。
「う……髪、汚さないでって言ったのに……ひどいよぅ……」
 コウコの恨みがましい、でも甘い声。ここまでコウコが僕にもたれてきたことに、愛しくなる。愛しくなって、もう、僕は、我慢ができなくなった。
 ――あのさあ。
「はい……?」
 僕は、コウコの髪を軽く引っ張る様にして手を引き、そして、その拳を、
「っぐ!?」
 拳を、彼女の頭に落とした。殴った。
 ――さっき、僕の顔面二回も殴ったじゃない。痛かったんだけど。怖かったんだけど。
 言って、もう一発。掴んだ髪の長さに縛られて勢いがあまりつけられないので、そんなに痛くはないだろう。でも、衝撃は伝わっているはずだ。僕の手にだって、確かに衝撃がある。
「っつ……。ふ、あははっ」
 コウコが浮かされたように笑いだす。殴られて、笑っている。
「なぁんだぁ、突然キスなんてするからどうしたのかと思ったら、私にビンタされて興奮したからだったんですか! ははっ! マゾなんだかサドなんだか分かりませんね! 壊れてる!」
 ――反省の色がない。
 ごん、とさらに一発。拳の尖った所が当たった手ごたえがある。コウコの小ぶりな頭が揺らぐ。
「うう……痛い! あんな嫌がらせして怒られてぶたれたからってこんな形で復讐ですか! しかももう三発も殴って私より多いじゃないですか! でもいいですよ、好きなだけ殴ってくださいね、そんなあなたが最高です、安らぎます」
 が、が、とさらに数発を入れる。コウコは人形のように無抵抗だ。僕を楽しませるように小さな声を漏らす。
 コウコは、自衛のために合気道をやっていたそうだ。一見インドア派の彼女の締まった体は、それによって作られたものだろう。いくら僕に特別な物を感じたとしても、見立てとして最悪な男に声をかける勇気を持つくらいだ、それなり以上に腕が立つはずだ。一方僕は武道の経験はない。殴り合いの喧嘩もほとんどしたことがない。まともにやったらコウコの方が圧倒的に強い。そんなコウコを、こうしていいように僕の暴力にさらしている。僕たちはそんな、不均衡で不道徳な関係だ。
 もう一発。ごん。今僕は、無抵抗な女の子の頭を何度も殴っている。コウコは、ネット上のコピーが沢山いる電子生命体でもなく、痛みも快感に変えるような極まった被虐趣味者でもなく、殴られたことも一時間で忘れるような病人でもない。まともな、人権のある、唯一無二の、痛みに苦痛を感じる、殴られたことをずっと覚えている、強い、僕の好きな女の子を、後ろから抱きすくめて殴り続けている。愛撫して高まらせていたのを、台無しにするみたいな行為。最悪だ。
 荒い息が聞こえる。誰の? 僕のだ。はあ、はあ、と、飢えた息を垂れ流している。興奮している。愛しさを感じさせるほど甘えてくれたコウコを裏切ることに、猛烈に、腐った爽快感がある。僕はいつもそうだ。誰かに優しくして、その人が僕に馴染み始めた頃に、酷いやり方でぶち壊したくてたまらなくなる。この衝動が特殊だとは思わない。積み上げた物、守ってきた物を崩す快感なんて、いくらでも見聞きする概念だ。でも多分、こうして、直接的に実行してしまう僕は、かなり終わっているのだろう。コウコは前に、僕を選んだのは僕に似た匂いを感じたからかもしれない、と言った。もしかして僕は、誰かに好かれかけると、予想外のところでその人に嫌われるのが怖くなって、だから先手を打って自分から相手をボロボロにして嫌われようとするのだろうか。そうだとしたら、確かに僕はコウコと少し似ていて、でも他人から逃げ出すコウコと壊しにいく僕とでは力の向きが真逆だ。
 少しだけ手が痛い。僕は手を止めた。
 ――コウコ。
「……う、な、なんですか。頭がグラグラしてよく聞こえないんですが」
 コウコの髪を、もっと短く掴みなおす。
 ――謝ってほしいなー。
「嫌です」
 にべもなく言われる。そうでなくては。
 強引に、コウコと僕の体の向きを変える。傍らの建物の壁に体の正面を向ける。
 僕は快感に浸っていたコウコを殴る裏切りを楽しんだけど、それは実際にはコウコとの関係を壊してはいない。コウコは、僕に殴られることも考慮のうちだ。これでは、足りない。
 ――謝ってほしいなー。
「……なに、する気ですか」
 僕は答えず、髪ごとコウコの頭を後ろに引っ張り、反らせる。弓のように。
「ちょっ……やだ、それは本当に危ないです、いや、だめ、やめてっ!」
 叫び声を聞きながら、小さく頭を前後させ、勢いをつける。いーち、にーい、さーん、
「ねえ! やだ! やだって! 顔やだ!」
 コウコが僕の足を踏む。痛い、けど、靴のヒールがあまり尖っていないので我慢できる。腕も動かそうとしているが、肘のちょっと先を拘束しているので抜け出せない。
 僕の体ごと後ろにのけぞり、そして、
「怖い! 怖い怖い怖い怖いやめてやめてやめてやあああああ!!」
 怖がられてしまった。怖がらせてしまった。でも、それは、望むところだ。
 ――せーの!
「お願いごめん、ごめんなさ―――!!!」
 鈍い音がして、叫びが途切れた。
 ――――――。
 僕はそっとコウコの髪から手を離した。抱きしめていた腕も離して解放する。コウコはずるずるとへたりこんだ。
「…………う」
 コウコがうめいた。うつむいた顔に手を当てる。レイプされた後のようにワンピースの裾がまくれている。僕はそれを見下ろして声をかける。
 ――やだなあ、本当にやると思った?
 沈黙。無視されたのかな、と思ったころ、くぐもった声でコウコが言った。
「……本当に、やったじゃ、ないですか……っ」
 ――ま、まあ、ちょっとギリギリで止めるのに失敗してぶつけちゃったけど。でも、本気で、好きな女の子の顔面をコンクリにぶつけてグチャグチャになんてするわけないじゃない。血が出たら怖いよ……生理の血だったらちょっと舐めてみたいけど。ぶつかったのも、鼻とか歯とかじゃなくておでこでしょ。
「……必死に謝ってる女性の顔を壁にぶつけておいて、言う言葉がそれですか」
 ――僕といるのが嫌になった?
「…………」
 コウコは再び黙った。意外だった。ちょっとまずかったかな、と思う。コウコだって女の子だ、顔は僕が想像するより大事だったのかもしれない。まだコウコとの関係を完全に破壊する気はないから我慢したつもりだったのに、リミットを超えてしまったろうか。
 時間が水銀よりも重い。僕は待った。
「ふ」
 うずくまったままのコウコが、反応を見せた。
「うふ、ふふふ! いいえ。いいえ! そうですよね、あなたはこれくらいしますよね。私が見込んだ人ですから。でもここまでとは思いませんでしたよ、本当に最低! どうぞどうぞ」
 コウコが立ちあがって僕を見た。打った額に手を当て、爛々と目を輝かせ、唇の端を上げて笑っていた。
「次は何ですか? 私がもっとあなたといられるように、あなたを絶対好きにならないようなことをしてくださいね!」
 僕は本当にほっとした。ほっとすると同時に、また例の疑問が湧いてくる。どうしてコウコは、ここまでされて、なお僕と付き合おうとするのだろうか。
 ――よかった。
 僕も笑って言った。多分笑ったと思う。優しく。
 僕を睨みつけるように笑っているコウコの、額の手を握った。コウコがびくりと震えた。どう言おうが、恐怖の記憶が刻まれてしまったらしい。悪いことをしたかもしれない。
「手を握って、どうしますか」
 そっとコウコの手を顔から外し、少しだけ赤くなっているコウコのおでこに、キスをした。暴力的な欲望は薄れていた。まるでさっきまでの僕も、僕の嘘の一つだったように。そんなわけないのに。
「な、何してるんです。気色悪い……」
 唇を離す。握っていた手も離す。
 ――次は楽しいことをします。
「……はっ。楽しいことですか。あなたの、楽しいことですか」
 嘲るコウコの目尻に、小さく涙が溜まっていた。
 ――痛いことはしないよ。
 今度は唇にキスをする。コウコが鼻の頭に皺を寄せた。舌を入れる。コウコが内心で激怒していたら、噛み切られる危険があった。けれど僕はそうした。三度、コウコの唾液を賞味する。血の味はしない。綺麗な歯並びをなぞる。舌の裏側をくすぐると、押し返してきた。強く触れ合っているのにむずがゆい。こすり合わせてぬとぬとにする。分泌された物がお互いの口の外まで濡らすくらいにしてから、解放した。
「ふうっ、ふ……」
 コウコが手で乱暴に口をぬぐって、スカートでふいた。僕をまっすぐ見返す。
「……クク。次はどこにしましょう」
 うーん、と僕はため息をついた。少し困る。ちょっと躊躇って、正面からコウコのスカートに手を伸ばした。ゆっくりと巻き上げる。コウコの素足が、徐々に現れる。ストッキングははいていない。細い足首、肉の薄い脛、傷のない膝小僧。
 一度手を止めて、コウコの顔に目をやる。「休め」を命じられた兵隊のように腰の後ろで手を組んで、やはり僕を見つめているが、少し、何かを我慢している表情な気がする。
 まくるのを再開する。太股の途中まできた。
 ――流れた跡がある。
「…………」
 コウコが斜め下に目線を逸らした。
 もう残りわずか。コウコの顔を観察しながら、お腹まで、まくった。
 ――わあ。
「っ……。なんですか」
 コウコが若干腰を引いた。それで隠せるわけもなく、問題なく見える。縦長のおへそのある絞られたお腹から、うっすら脂肪のついた腰から、ピンとした太股まで、残さず。もちろん、下着を着けていないその真ん中も。
 ――コウコ、足開いて、腰突き出して。
「やっ……」
 ――ダメ?
「……はぁ。いい、ですよ」
 そろそろと、コウコが僕の言葉に従う。人に見せてはいけない所を、僕に見せつけるようにする。
 ――スカート自分で持って。口でくわえたりはしなくていいから。
「はい……」
 素直にコウコがおへその上でスカートを保持する。
「うう……外でこんな格好、まるで私露出狂みたいじゃない……」
 ――似たようなもんだよ。
 僕はしゃがみ込んだ。コウコの丘が、僕の目の前にきた。
「やあっ!」
 反射的に悲鳴を上げたコウコが腰を引こうとして、
 ――動かないで。
「く……。はいはい!」
 開き直ったように腰が戻される。僕はそこをじっくり観察する。コウコの茂りは、意外と少女のように薄い。髪の毛はあんなに量があるのに、どうしてだろう。突き出された上部をそっと触る。ふぁっとしている。
「そんなまじまじと見るところじゃないでしょう。何考えてるんですか」
 平静を装おうとはしているが、隠しきれない動揺が声に滲んでいる。
 少し下に目をやる。隠されるべき場所。
 ――自分の、鏡とかで見たことある?
「ありません!」
 ――うっそだー。でも見たことがないなら解説してあげよう。
「え?」
 ――やっぱこの姿勢だと、裂け目が始まっているのが良く見えるよ。流石に、ちっちゃい子みたいに筋だけだったりはしてないなあ。白い肌で、外側はぽってりした感じ。薄いベージュのひだがあるけど、ほとんど外には出てない、大きくなくて上品な感じ。毛は少ない。足を開いてるから、間のピンクのとこがほんのちょっとだけ覗いている。先っぽは皮被ってるね。
「やめろやめろやめろやめろ変態!!」
 ――かわいいかわいい。
「黙れ……っひ!」
 人指しで触れた。さっきまでの行為の名残で熱とぬるつきを感じるが、もうドロドロというほどではない。亀裂のあわいに指を入れて、全体をなぞるように静かに動かす。
 コウコはかすかに動くが、声を抑えている。何度か指を前後させた。乱暴にすれば、防衛反応で無理やり体液を分泌させることができるらしい。でも今は、そうしない。薄皮に覆われた小さな尖りを撫でると、太股にギュッと力が込められる。
 ――コウコのって、全体的にちょっとちっちゃいよね。だからかわいい。
 ぴんぴん、と粒を指の腹でごく弱く何度か弾くようにする。
 ――固くなってきた。
「く……。いちいち、言わないでくださいっ」
 見上げると、コウコは顔を真っ赤にしていた。秘めるべき場所をまるで誇るみたいに突き出させられて、口に出していじられているのだから当たり前だが。下から見ているせいで、普段前髪に隠れている片方の目も見える。僕を睨むようで、でも視線が泳いでいる。
 粒から人指し指を離し、亀裂の最奥、洞の部分に移動させる。人差し指と中指を束ね、入口を、ほとんどつつくみたいに、つぷ、つぷ、と出し入れする。指に絡む。コウコの腰が、時折ぴくりと震える。
 ――コウコって入口と奥とどっちがいいの?
「だ……黙ってくださいってば!」
 ――じゃあ黙るよ。口は喋る以外に使う。
 言って、僕はコウコのそこに口を付けた。
「ふわあ!」
 コウコの声を聞きながら、舌を伸ばす。柔かい肉をかき分け、粘膜と粘膜をくっつける。ふにゃふにゃの内ひだを、固くした舌で舐め上げる。震わせる。軽くくわえてひっぱる。すする。
「こ、この!」
 もっと。手もそえて、はしたなく隙間を広げる。
「ああああああ……」
 露わになった綺麗な色のそこを、まんべんなく舐める。上部の膨らみを鼻で何度か押して焦らしてから口に含む。舌で剥いて、痛がらない程度に柔かく吸う。
「うっ……っ……わたし……あんなことされた直後なのに……っ!」
 一度口を離す。コウコの股ぐらに顔を突っ込んだ、他人には見せられない姿で声を発する。
 ――あんなことしたクズにだから、じゃない? コウコはそういう人じゃないと駄目なんでしょう。
「知った風なことを……!」
 ――気持ちよくない?
「よく、ありませんっ」
 珠をもう一度含む。大切な物として口の中で転がしていると、大きくなってきた気がする。軽く噛んでみたいけど、そうしたら痛がるだろう。きゅ、と舌と上唇で挟んで潰してから、口から出す。もちろんまだ終わらせない。ひくついていた洞に舌をねじ込んだ。
「んくうう!」
 声と共に、無意識の動きか、腰がさらに突き出される。僕の唾液だけじゃないぬるぬるがある。コウコの味がする。ヨーグルトの乳清に少し塩を加えたような味。暖かく、特有の香りがする。カーマ・スートラによれば、最高の美女のそこは百合の香りがするという。コウコのその香りは百合ではないし、どんな花にも似ていないと思うが、なぜか花を連想させる。思い切りかきまわす。肉の折り重なったそこを刺激していると、溢れてきた。よく熟れた桃にかぶりついた時よりも多く、果汁が口の周りに垂れる。
「はっ……はうっ……」
 途切れ途切れの吐息。僕だけに許された場所を容赦なく味わう。卑猥な音を立てて、犬のように舐めまわす。尿道口を舌先でくすぐると、ううっと詰まった声がした。全部欲しい。拳を振るいたいという衝動とは違う、でも確かに支配したいという欲求。それに従う。
「あ、あの……もう……腰が……壁にもたれて、いい、ですか……?」
 僕は犬になったまま、コウコの腰をそっと押した。半ば砕けるように、背後の壁にコウコが体を預ける。引かれた腰を追って愛撫する。流石に舌が疲れてきたが、コウコの反応が、僕自身の興奮が、止めない。糸引く奥所を泣かせ続ける。
 くちくちと行為をしながら、頭の隅で、僕はなぜこういうことをしているのだろう、と考える。僕は、初めにキスした時からずっとコウコに欲情している。でも、行為に一貫性がない気がする。コウコを火照らせたところで恐怖させ、冷ました後にまた、優しく性的なことをする、なんて。ムラムラしたからコウコをいじって、殴って精神的にスッキリして、残った肉体的な猛りを解消するために続きをしている? 即物的かつシンプルな解釈だ。でも、自分の体の欲求を解消したいだけなら、こんな執拗にとろかそうとする必要なんてない。なのに僕はこうしたい、こうするのが楽しい。僕はコウコに何を求めているんだろう。……今、優しく性的なことをって考えたか? 優しく? 無理やり感じさせようとしてるのに、優しくも何もあるか。僕はコウコを欲望のはけ口にしたいだけか。そうかもしれない。
 一息ついて、わざと鼻を鳴らして花の匂いを嗅ぎながらコウコの顔を見上げる。コウコは、熱い物を口に入れた人のように、顎を上げてはふ、はふ、と吐息を漏らしている。
 もう一度。煮込み過ぎた肉料理のようなそこに奉仕する。回りにも舌をやる。少し血の色が浮いた太股まで、触れるか触れないかの強さでつたい、唐突に強く吸って痕をつける。
「っく、んん、……こんな、こんな……ふあ、ん、ん……」
 ちょっと体勢が辛いけど、ギリギリまで顔を押し付け、後ろの近くまで舐める。
「あっ!」
 我慢して開き続けていただろう足がギュッと閉じて顔を挟まれる。顔全体がコウコに包まれたようで気持ちいいけど息が苦しい。ギブアップするレスラーのようにぽんぽんと叩くと、しぶしぶ、といった感じで圧力が弱まった。後ろには届かない程度にされている。仕方なく前に戻る。大きく吸う。吸っても吸ってもぬめりが出てくる。中に舌をつき込みながら指で膝の裏をくすぐると、足の力が抜けたコウコのそこが顔に押し付けられた。より深く入った舌をのたくらせる。ひときわ高い声が上がった。
「も、も、舐めるのは、いいから、来て、くださ……!」
 ――まだ、気持ちよくない?
 脚の間から顔を引き出し、意地悪く聞く。コウコの顔は、秘部と同じくらい発情していた。きっと僕の顔もそうだ。
「気持ちいいですから! ぐちょぐちょにされてもうとっくに気持ちいいですからぁ! だから、ねえ、いっ、入れて! 早く穴埋めてください!!」
 僕はクラクラした。まるで子供みたいな、直接的な誘い文句。それを、動物みたいに股を振って、おまけに片手で赤く充血した性器をにちゃりと開いて、口にしてくる。普段のコウコ冷めた様子は、欲情の熱で蒸発しきってる。下品で、最高にいやらしい。たまらない。ここまでコウコを崩したことに激しい喜びと興奮を覚える。
 僕は立ち上がった。ジーンズのポケットからコンドームを出す。
「今日は」
 それを見たコウコが吐息混じりに、ぞっとするくらい飢えた声で言った。
「今日は、安全日ですから……。生で……して?」
 それは、あまりに強い誘惑だった。コウコにこんなことを言われたのは初めてだった。僕の次の返事には大きな意思力を必要とした。
 ――それは、そうしたいけど。でも、安全日って絶対じゃないんでしょう? つけなきゃ。
「う……」
 ――それとも子供出来ても良い? 僕の子だよ。
「うー。うー!」
 コウコは首を横に振って、でも駄々をこねるように、太股をすり合わせるように地団駄を踏んでいる。猛烈に可愛い。このまま犯したくてたまらない。けれど、妊娠させるのは避けたい。
 ゆっくり呼吸しながら、手早くコンドームの袋を破る。ジーンズを下ろそうとして、ふと思い立つ。もっとやらしくなってしまえ。コウコにコンドームを差し出す。
 ――つけて。
「え?」
 ――コウコが僕につけてよ。
 上気した顔のままコウコが戸惑う。
「で、でも私、そんなのしたこと」
 ――なんとかなるよ。
「……分かりました。スカート、下ろしていいですよね」
 ――うん。
 律義に許可を取って、めくっていたスカートから手を放し、コウコがコンドームを受け取る。くんくん、とつまんだコンドームの匂いを嗅ぐ。
「ゴムの匂いがしますね」
 コウコが僕の前にしゃがみ込んだ。さっきまでとは逆の姿勢。僕の高ぶりが張っているのが、ズボンの外からも分かる。時間をかけるかと思っていたが、速やかにベルトに細い手がのばされ、カチャリと解かれる。ジッパーが下ろされる。コウコはもぞもぞと腰を動かしながらその作業を続ける。一瞬ためらって、勢いよく下着も下ろされた。
「うわ」
 出てきた物を見て、コウコが小さく声をあげた。溺れるほど飲んだコウコの蜜が媚薬の効果を発揮したかのように、僕のそこは固く張り詰めて天を指している。
「…………」
 無言で、見つめられる。コウコがそこを間近に見るのは多分初めてだ。自分が見られていた時は「そんなまじまじと見るところじゃない」なんて言ってた癖に、自分はどうなんだ。コウコの熱い息を微かに感じる。
「先っぽから透明な液が出てる……。これが、先走りですか? 触ってもいないのに……」
 ――コウコがおねだりするから興奮したんだよ。
「ね、ねだってなんか……!」
 ――じゃあしてほしくない?
「……欲しいです! つけますよ! つけたら焦らさないでくださいよ!」
 コウコがコンドームを近付けるのを、僕は止める。
 ――待って。
「何ですか!」
 苛立ったようにコウコが顔を上げる。
 ――口で。
「はぁ?」
 ――手じゃなく口でつけて。
「な、なな、」
 ――フェラしろってわけじゃないよ。でも口でつけてほしい。
 コウコが恥ずかしそうに口許に手をやった。多分顔に血が上っただろうけど、もう真っ赤になってるから違いが分からない。
「なんてこと、させようとするんですか」
 ――コウコのえっちなとこ見たい。お願い。
 コウコは深く細く、躊躇いと、恐らくは興奮に震える息を吐き、頷いた。ゴムの匂いがすると言ったコンドームを、口にくわえる。それだけでコウコが物凄く淫乱に見える。
 ――噛んで穴開けないようにね。
「わはっへまふ!」
 強く言って、コウコが飛び付くようにペニスに口を寄せた。亀頭にゴム越しの唇が触れる。唇は緊張に強張っているようなのに、柔らかかった。
「ん……む……?」
 飛び付いたはいいが、どうすればいいのか分からないのだろう。まるで啄ばむように、唇を付けたり離したりしている。それは僕の穴の開いている部分を刺激するわけで、むず痒さと共に快感を覚える。困った顔でぎこちなく奉仕しようとしている姿に、ますます強張りが固くなる。
 ――支えるのには手を使っていいから。
「……ん」
 ゆっくりとコウコの手が幹の中ほどに添えられる。幼女の手のように、暖かくて、湿っていて、小さい。やわやわと感触を確かめるように触れられ、そして握られる。それだけのことがまるで愛撫で、思わず僕はピクリと震わせてしまう。
「むう……」
 またコウコの唇が亀頭に向けられる。何とかかぶせようとするも、どうもうまくとっかかりが掴めないでいる。僕は歯がゆい気持ちよさを感じていたが、コウコはひたすらに焦れていた。あんなおねだりをするくらいなのだから、身体はもう仕方ないことになっているのだろう。でも、やめさせない。
 コウコが我慢できなくなった。無理矢理口に咥えたコンドームを亀頭に押し付け、
「んきゃ!?」
 滑った。亀頭はまるでそらされた剣先のようにコウコの唇を外れ、頬を掠めて抜けた。コウコの顔に、カウパー氏腺液がなめくじのような跡を残す。コンドームが、コウコの口から地面に落ちた。
「あ……」
 コウコがコンドームを見下ろす。
 ――焦りすぎだよ。
「だって……だって!」
 ――代わりを持っててよかった。ほら、ほっぺた拭いて。
 ポケットからもう一枚のコンドームと、ティッシュを取り出しコウコに渡す。
「どうも……。やっぱり、これも口で……?」
 ――うん。
「うう……性悪!」
 コウコが吐き捨てるが、腰をもぞつかせながらでは睦言にしか聞こえない。笑っている僕が癪に触ったのだろう、コウコが頬の粘液を拭きつつ、
「なんかしょっぱえぐい臭いがしますよ。ちゃんとトイレの後拭いてるんですか?」
 と言ってきた。えぐい。まあそうだろう。いくら欲しがっていると言っても、いきなり美味しそうな匂いとか言い出したら若干引く。もっとも、僕と付き合ってる内に段々そんなことを言うようになるなら楽しみだが。
 ――男はいちいち拭かないんだよ。でも来る前にシャワー浴びてきたから。
「はじめからヤる気で来たんですね」
 かすかに笑われる。それはいつもの冷笑のようで、しかし淫蕩さが混じっていた。
 ――コウコだって、毎回その気で準備してきてるんでしょ? 絶対石鹸の匂いがするもん。
 コウコは口にコンドームを咥えて答えるのを拒否した。
「ふへまふよ」
 ――ん。口の真ん中に咥えて。で、僕のの真正面から当てて。口を丸くして吸いこんでしゃぶるみたいに。ちょっとくらいよれたっていいからさ。ゆっくり……。
 僕の言葉に従って、コウコが口と頭を動かす。ゴム越しでも抵抗感があるのか、うう、と顔を歪めている。コウコのすぼめた口に、僕のペニスが飲み込まれていく。風にさらされ少し冷えていたものが、温かさに包まれる。ずる、ずる、とコウコが受け入れていく。それはまるで味わっているように見える。唇は少し強めに締められていて、それが心地いい。裏の敏感な部分に、柔軟な舌がひたひたと当たる。コウコは僕の血液の流れを、口で、手で、口内で感じているだろうか。ある所まで含んで、コウコが動きを止めて僕を上目づかいでうかがった。これ以上入れたら苦しいのだろう。
 僕は小さく頷き、ゆっくり腰を引く。コウコも腰を引く。ぬらぬらとしたゴム膜に包まれたペニスが現れ、まぶされていた粘度の高い唾液がエロティックに滴り落ちた。少しめくれたコウコの唇。
「……これで、いいんですよね」
 僕はコウコの頭に手を載せ、出来る限り優しく撫でた。
 ――よくできました。
「頭なんかより……ねえ……もううずかせないで……しゃがんだせいで開いちゃって……地面まで落ちてるんです……私言う通りにしましたから……だから……」
 切なげにコウコが言う。少し喉に絡んだ、甘い甘い声。そんなのを聞かされたら、いい加減僕だってたまらなくなる。
 ――立って。
 命じると、ドロリとした期待に満ちた表情で立ちあがる。腿の辺りのスカートを強く握りしめている。
 ――壁の方向いて。
「え……」
 コウコの表情に不安の影がよぎる。さっきの乱暴は本当に怖かったのだろう。
 ――痛いことはしない。本当だよ。
 嘘つきな僕の言葉を信じる根拠はない。それはコウコだってよく分かってるだろう。でもコウコは、僕の言葉に従い壁を向き、僕に無防備な背中を見せた。僕が迷わなかったと言ったら、それこそ嘘になる。軽く拳を固めるまではした。でもそれはすぐ開いた。
 僕は無言でコウコのスカートに手をかけた。一気に腰の上までめくり上げる。コウコの下半身が丸裸になる。コウコも何も言わない。でも、すらりとしたふくろはぎを汚した蜜が、くねくねと振られる柔肌が、雄弁に語っていた。
 お尻の隙間に両手を入れると、そこすらじっとりと湿っていた。まろやかに張りのある感触が両手を押し返す。尻たぶを掴んで軽く引くと、素直に突き出された。動物が交尾する体勢だ。でも動物はコンドームなんてつけない。僕たちがこれからするのは、純粋に快楽のためだけのセックスだ。僕たちの欲望が濃すぎて結露しそうな息の音。
 お尻を左右に開いた。は、とコウコが息をのむが、体はほぐれたままだ。コウコの扉の奥が全部見える。下半身のいけない穴を全てさらけ出して隠そうとしない。コウコが小さく何か言ったが、小さすぎて届かない。それが拒絶であれ誘いであれ、肯定であれ否定であれ、僕はもう気にしない。動く。
「くぅん!!」
 コウコが顔をのけぞらせ、子犬のような叫びを上げた。僕は、コウコを貫いていた。焦らしなんかせず、一気に根元まで、埋めた。
「き……た……あ……」
 噛みしめるように、満足げな呟きを発するコウコ。それを聞きながら僕は目を閉じた。熱い。恐ろしく熱い。そしてとろけきっている。焼きたてのパイシチューに突っ込んだようだ。この溢れ方を直接味わいたかったと、コンドームをつけたことを少し後悔してしまう。
 僕は目を開き、腰を揺らし始める。
「あっ、んあっ!」
 バチュ、バチュ、と水音が響く。ぐにゅぐにゅなのに、中は狭さを感じさせる。コウコのそこは体同様小さく、きつい。ペニスを全方面から熱く締め付け、快感を与えてくる。奥行きも、それほどない。だからこの姿勢だと奥まで貫ける。思い切り押し込んでグリグリとこすりつけると、奥のゴムのような物を感じる。
「子、宮に、来ますぅ……これ、あなたと会うまで、知らなかった……オナニーじゃ分かんない……」
 嬉しそうにコウコがこぼす。それを聞いて僕も嬉しくなる。一度腰を引き、今度は小刻みに運動をする。
「はっ! あはっ、は、あ! いいっ! こすって、もっとこすって!」
 コウコのねっとりとした肉ひだがペニスに絡みついては突破する。圧迫と解放、それが僕を攻め立てる。攻めているのに、攻められる、セックスは本当によくできている。コウコのそこからしとどに溢れ出す快液が、僕の袋まで濡らす。
「熱っい、ですよぅ……」
 僕はコウコの中を凄く熱く感じているのに、コウコは僕の物を熱く感じているらしい。その熱に駆動されるように、僕は更に激しく腰を動かし、僕とコウコを高めていく。風に揺られるたわわな実のようにコウコの体が揺れ、コウコが壁に手を突いた。コウコが首だけで半分振り返る。
「んっ、んんっ、ぐっ、ね、えっ、わ、たしの体、他の人と比べて、どうっ、はふっ、なんですかっ?」
 喘ぎ混じりの問いかけ。
 ――嫉妬?
「ちが、ますっ、ただ、おかしく、ないかって、不安……でっ」
 自分の体への不安。それは、経験が少なければ誰だって持つ。でもそれをこうやって直接聞いてこられることが、かわいい。コウコは僕には遠慮しないでいるんだ、と思う。
 ――コウコは、凄く、気持ちいいよ。
「ほん、と?」
 嘘ではなかった。コウコの中は具合がいい。スタイルも僕の好みだ。セックス経験が浅いのに、感度がいいのも、素敵だ。
 ――本当。だから、もっと、欲しい。
「……い、いですよっ……! 好きに……!」
 コウコが乱れた髪を纏って言う。自分を投げ出すようなことを言う。コウコは僕のような相手にしか自分を投げ出せない。
 僕はコウコの体に腕を回した。コウコの体の前面を触る。腰をゆるゆる動かしながら、鎖骨を撫で、胸をまさぐり、少しずつ下へ。
「は、ふ……?」
 コウコが不思議そうにする。僕の手は、コウコの股間の少し上、下腹部で止まっていた。
 腰を突き出すと同時に、そこに手を、押し込む。
「んひゃあっ!?」
 コウコの反応は激しかった。中が更に狭くなるくらい身体を固くして、壁についていた手の片方を僕の手にかけて止めようとする。
 僕は、ぐ、ぐ、とリズムをつけて手を押し、一緒にぐちょぐちょとペニスを動かす。
「や、やめっ、だめそれっ!」
 ――気持ちいいでしょ? コウコこれが好きだって知ってる。
「うっ、くっ、い、いいけどだめっ!」
 でも僕は続ける。内股になるコウコの穴にペニスをこじ入れ、快感を分配する。僕の根元に、ぐるぐるした物が溜まってくる。
 ――何で駄目なのさ。
「そっ、れ、はぁ、ん!」
 コウコが震える。この期に及んでも恥ずかしそうに口ごもり、そして、言う。
「お、おしっ……こ、おしっこ漏れちゃうからぁ!」
 その言葉に、コウコがきゅん、となるのを感じる。自分の告白に興奮したらしい。それに合わせて僕は、コウコの膀胱を押す。堪え切れないと言った嬌声が響く。
 ――漏らして、いいよ。コウコのどんな所も見たい。
「いや、いや嫌! 恥ずかしいです!」
 ――大丈夫、僕は嫌わないし、僕に嫌われたって何でもないし、僕には何を見せてもいい。汚いのも恥ずかしいのも乱れるのも。見せて。
「……う、うう――んんっ……ん」
 コウコが、僕の腕をはがそうとしていた手を、離した。少し顔をうつむけて、くあ、くあ、と声を上げだす。コウコ自身も、腰を僕に合わせ出した。
 僕はコウコの熱い沼をえぐる。かき回す。堪能する。奥にこすりつけ、ギリギリまで引いて入口を行き来し、また深くする。その度にコウコは違った声を聞かせる。人の肉に包まれて気が抜けてしまうような安堵感と、鋭い快感の板挟みになる。甘い拷問のようだ。
「あっ、あー……はぁあ……。……こんな、人にこんな、頭バカになっちゃうくらい、気持ちよく……あ、う……!」
 コウコの襟元から空いている手を入れ、胸を直に触る。火照った乳房。先端ははち切れそうなほどに固くなっていて、そこを指に挟んで乳房全体をギュッと握ると、コウコがくぅっと体をよじる。ぐっとペニスを下げるように動かし、裏を押し付ける。凹凸のあるそこがなんとも言えない気持ちにさせる。そして同時に、手とペニスとでコウコの水の詰まった袋を押し挟む。
「やっ、はっ、ァ、わたし、わた……んっ、ぁぁ、っ!」
 声の色が切羽詰まってきた。うねうねと中がうごめき、頂点が近い。僕も、じりじりと迫ってくる。
 僕は動くピッチを、馬に鞭を入れるように上げた。液体にまみれた肉と肉が打ち合う、生々しい音がする。僕たちは一つの組合わせになる。どこまでも熟れきっているのに焼けそうな摩擦に僕は息を乱す。
「う、きぅ、ぃ、あ、くる、もう、きまっ、すぅ!」
 ――いつでも、コウコ!
 ぐぷんぐぷんと駆け上がる。二人がどこまでも敏感になっていく。痺れるような感覚が昇ってくる。小さなコウコの体を壊すほどに突き入れる。それでもコウコは悦びを露わにする。
「あ、う、ぁ、も、ぎゅってしたい、ぎゅってしたい!!」
 コウコが膀胱を刺激している僕の腕にしがみつく。軽いとは言え人一人分の体重がかかるのを必死に支える。
「っく、あぁっ、だめっ、ほんとっ、はァ……あっ、でちゃ、もれちゃうっ、やだぁ、よごしちゃうっ!」
 悲鳴と歓声の混ざったような声。
 ――汚して、出して、コウコでひたして!
「う、うくっ、っあっ、ああっ、落ちる、おちる、キス、キスしてっ、お願い!」
 首をよじったコウコの唇に、唇を合わせる。激しく、すがるように吸いつかれる。獰猛な軟体動物みたいな舌で僕の口をこじ開け、深く絡み合わせてくる。僕とコウコは、全身で繋がっている。筋肉のさざめきも、全身を稲光のように走る神経の反応も分かる。
「んちゅ、じゅっ、ぷあっ……あ、ふあ、ちゅ、ちゅぷ、ん、んんん――――ッ!!」
 コウコがきつく目を閉じ、お腹の奥から昇って来たような熱く湿った息を僕の口に注いだ。それと同時にビクリビクリと全身が痙攣して暴れ、コウコの中がギュッ、ギュッ、と僕の物を痛いほど抱きしめる。その刺激で、僕も限界に達した。
 ――……っ!
 どくり、どくり、ポンプがつけられたように、放出する。僕の腰が意識せずにコウコの奥を突くように動き、その度に白濁が打ち出される。息が止まる快感。心臓が止まっていてもおかしくない。その時、下半身に今までとは違う温もりを感じた。
「あ……………ああ……………ぁ………………」
 バシャバシャという音。コウコの股間の小さな小さな穴から、体内の小袋に秘められていたさらさらした水が、大量に流れ出していた。それはコウコの裂け目を、足を、スカートを靴を、僕の下半身や服をグショグショに濡らして、地面に広がる。絶頂の嵐のような収縮を通り過ぎ、全身を弛緩させたコウコの半開きになった口から、よだれがつーっと落ちる。立ち込め始めたかすかにツンとする匂いと温かさに包まれて、僕は最後の最後まで、欲望を絞り出し切った。
「はぁ……はあ……は……」
 僕たちは荒い息を吐きながら、体をぴったりとくっつけて立っていた。コウコの体はもう脚も完全に力が抜けて、僕がなんとか腕で支えている状態だった。射精後の脱力感で、僕もそうやっていることにどうしようもない面倒さを感じて、そのまま二人で、小水まみれの地面にへたりこんだ。少し冷えた液体が、服と身体に染みる。ちゅぽ、と少し小さくなった僕の物が、コウコの中から抜けた。
「ぁん……」
 その感触と、地面の冷たさに、飛んでいたコウコの目に少し光が戻った。のろのろと、気だるげに僕の方にゆるんだ顔を向ける。僕はまだ整わない呼吸のまま、筋肉が水を含んだスポンジのようになった腕で、ドロドロのコンドームを外していた。
「……それ。貸してください」
 コウコが、肩で息をしながら、外されたコンドームを見て手を伸ばしてきたので驚いた。
 ――いいけど。
 中身をこぼさないように渡すと、コウコは親指と人差し指で受け取った。顔の前に掲げ、街灯の明かりに透かしている。半透明のコンドームと精液の影がコウコの顔に落ちる。先端の精液だまりを、もう片方の手の指でぷにぷにと押している。
「……温かいですね。それに、こんなにいっぱい」
 確かに量が多かった。コウコを愛撫している時間が、僕に対しても精神的に高める時間になっていたからだろう。ぷっくりと先端が膨らんでいる。コウコはそれを、ぼんやりと脱力した顔で眺めていじる。
「繊維みたいなのが混じってるように見えるんですけど、何ですかこれ。桃とかの果肉入りジュースみたい」
 ――何だろうね。男にも分からない。繊維じゃなくて濃淡の具合がそう見えるだけだと思うけど。
「そですか」
 コウコが掲げていたコンドームを降ろし、おもむろに、入口のわっかを広げて中に人差し指を突っ込んだ。
「……ふうん」
 ――何してるの。
「……その。……直接入れられたら、どんなだったかなって」
 精液に人差し指を浸して、かき回す。とろりとろりと渦を巻いている。指を引き抜き、親指をくっつけてこすり合わせそのぬめりを観察している。僕は少し居心地が悪い。
「比較対象を知りませんが……どろどろで……随分濃い感じですね。全体が均一じゃなくて、ところどころごく緩いゼリーみたいになってるんだ……。これは、確かに、出されたら、孕みかねないな……。量もだし。この量って、よかったからなんですか?」
 ――そうだね。
「……それは、よかったです。私も……気持ちよかったですよ」
 少し、コウコが笑った。そして、指についた精液を服の裾で拭こうとして、
 ――それ、服につくと染みになりやすいから。
「あ、そうなんですか。じゃあ……」
 コウコは少し考えた素振りをみせ、ひょい、と、指を口に入れた。音も立てず、舐めている。ちゅ、と綺麗になった指を出す。
「卵白を生臭くまったりとさせてしょっぱさ足したような感じですね。思ったよりは苦くないけど、決して美味しくはないな」
 感想を述べて、ふ、とコウコが俯いた。
「……私、何してるんだろ」
 ――舐めてくれたのは嬉しかったよ。ゴム返して。
 黙って渡されたコンドームの入り口を縛る。このまましばらくへたりこんでいたい欲望を何とかこらえて、立ちあがる。ポタポタと僕のズボンからコウコの尿が滴った。
 ――着替えないと、風邪引くね。
「そうですね。……汚しちゃってすいません」
 ――僕が出させたんだから。
「……もう」
 普通の恋人ではないからだろう、僕たちは、行為の後のこの時間がなんだかぎこちない。出した精液を舐めるなんてことをされても、どこか、うら寂しさがある。幸福感に浸る、といった風にはいかない。そんなものだろう、仕方ない。僕らはそんな、不均衡で不道徳な関係だ。



 お互いが大きめのバッグに持ってきていたタオルと着替えで、とりあえずの身なりを整えた。ベタベタだった股間周辺は、近くの公園のトイレでタオルを濡らして拭いた。それから、コウコが準備よく持ってきたレジャーシートを、尿の広がった場所から可能な限り離れた風上に敷き、二人で並んで座っていた。横座りのコウコが可愛らしい。
 僕は特に話すことが浮かばず、何か具体的なことを考えるでもなく、ぼんやりしていた。体の奥に残った熱を、夜風が冷ましていく。拭いきれなかった二人の性の名残(主にコウコの匂いだ)が微かに香る。
「あの」
 声がかけられ、コウコを見る。少なくとも外見や表面的態度は、もういつものコウコだった。クールで、辛辣。僕のことなど軽蔑しきっている。
「さっき、私、変なこと聞いたじゃないですか。私の体、他の人と比べてどうかって」
 ――聞いたね。変なことじゃないと思うけど。僕の答えは本気だよ。
「じゃあ……。私の、内面の方は、どう見えますか。いえ、私は、私のことを分かっているつもりですが。それでも、一応、私の素を見た他人の目というのはあなたがほぼ初めてなので」
 僕は即答出来なかった。コウコが、なぜこんなことを聞くかを考えてしまう。
 他人は自分の鏡だ、という話を聞いたことがある。人間は、他人という鏡に映った自分を見て、自分のパーソナリティを構築していくのだと。人は他人との関わりで、他人に見せた自分、他人から見られているらしき自分で自分を定義する、ということだ。だとすれば、他人との関わりを極力断ち、素を一切見せないコウコは、自分の輪郭が酷く薄いのではないだろうか。脆い自我。未発達なパーソナリティとアイデンティティ。コウコの個性というか、人格の特殊性は強いとは思うが、問題はそういうことではない、のだろう。自分の顔を知る手段が自分の手で触ることしかないのは、きっと、とても寄る辺ない。
「…………。ますます変なことを聞きましたね、私。何でもないです、忘れてください」
 僕が少し口を閉ざしていたせいで、コウコはそうやって問いを撤回してしまった。追う。気の利いたことも思いつかなかったが、浮かんだことを言う。
 ――コウコは、前衛芸術の彫刻みたいだと思う。
「……何それ」
 きょとんとした表情のコウコ。
 ――理解や接触を拒んで。なんかよく分かんないとこで曲がったり捻じれたりしてて。でもギリギリで危ういバランスが取れていて、意味があって、努力と共に作り出されて、ある意味では美がある。そんな風に見える。
「……へえ、そうですか。へえ。前衛芸術」
 僕の言葉を吟味するようにコウコが繰り返す。
「私にはああいうのって奇形としか思えませんけどね。回答どうも。褒めてくれたのかもしれませんが、それについてお礼は言いませんよ。褒めるのが目的だったのではなく、率直な意見だったと思いたいので」
 ――それで合ってるよ。
 そして二人とも視線を外して何も言わない。静けさの中で僕は、今日コウコにしたことを思い返す。それは確かに僕がしたことで、けれどどこか現実感がない。でも、僕がしたのだ。その認識がとぐろを巻き、僕に口を開かせる。
 ――コウコ。
「なんですか」
 ――ごめん。ちょっとやりすぎたかもしれない。
「…………」
 コウコは、無表情で僕の顔を観察し、
「……は」
 氷点下の唇の歪ませ方をした。
「これも、安易な手ですね。ひどいことをして、謝って、点数を稼いでみせる。せせこましい。それとも、本気で謝ってくれてるんでしょうか。そうだとしてもDV男の典型ですよね」
 僕はぐうの音も出ない。前者の経験もある。僕を信頼させるために、敢えて意地悪をして、そのあとごめんと言う、というのは、正直、相手に応じて何度もやったことがある。今のコウコへの謝罪は、そういう打算ではなく、自然な物のつもりだけど、言われてみれば確かにDVの構図だ。それに、ただ何となく謝りたかったからしただけで、誠意などは籠もっていない。籠められようもない。
 ――……ごめん。
 もう一度それだけを口にする。コウコは、しばらく僕を見据えて、小さくため息をついた。
「いいですよ、別に。あなたがそんなだから私は選んだんですし。でも、気にしてくれるなら、見える所に傷が残りそうな暴力は控えてほしいですね」
 ――わかった、じゃあ、
「ああ、約束とかはいりません。あなたのことです、ちょっと気が高ぶったらどうせ破られるんでしょうから。反故にされると分かって約束をするなんて、馬鹿馬鹿しすぎますもの。ただ、一応私の要望を伝えておいた、というだけで十分です」
 何でそこまで、と思う。僕にとって都合がよすぎる。そこまでして、コウコに何が残るのだろう。コウコはもう少し欲張りになったっていいんじゃないだろうか。
 ――覚えておくよ。覚えては、おく。
「よろしくお願いします。ところで」
 コウコが空気を切り替えるように言った。僕もそれに従う。
「あなたの誕生日はいつですか」
 ――祝ってくれるの?
「あまりしたくないですけどね」
 ――プレゼントは愛がいいな。
 じとっとした目つきを向けられる。
「無理だって分かってるでしょう……」
 ――じゃあ愛液でいいや。可愛い小瓶に詰めて。
「……頭がおかしい」
 汚物として見られた。
「あなた、元からかなりの物ですが、最近ますます下品になってませんか」
 ――そうかな。コウコの前で素直になれるようになってきたのかな。心の殻を取り除いた的な。
「たわ言はいいですから、誕生日を教えてください」
 僕はコウコに日付を伝える。
「…………? え、でもそれ前と……」
 ――あれあれぇ? コウコ、僕の誕生日教えた時に、覚えませんよとか言ってたのに、覚えててくれたの?
「! ち、ちがっ! ただ、ただそう、そうです、季節が」
 ――季節は大体同じ頃だけど。っていうか月が同じだし。
「……っ。うるさいな! バーカバーカ! 何がごめんだ! どっちが本当なんです!」
 ――前言った方。忘れたなら言い直そうか。
「脳容量の無駄遣いをしてたんで結構です!」
 ふん、とコウコはそっぽを向いた。僕は笑ってしまいそうになるのをこらえて言う。
 ――コウコは何だかんだで親切だなあ、バレンタインもチョコくれたし、こうやってお返しもくれようとするし。僕としても色々贈りたくなるよ。
 その言葉に、く、とコウコの顔が強張った。軽い頭痛をこらえるような表情を見せる。
「冗談でも、そんな風に言わないでください。……優しいとか、親切とかじゃありません。ただ、借りを作りたくないんです。あなたにまで、負い目を感じたくない」
 冷えた、色のない、墨汁じみた声が、訥々と。
「だから、あなたからのプレゼントとか、やめてください」
 コウコは、着替えたスカートの膝の上で、固く手を握り合わせて、そこに新月の夜のような目を落としている。
「私は、あなたとは触れていたい。肉体も人格も、接触はしていたい。でも繋がりたいとは思わない。いえ、繋がりは絶対に避けたいんです。恩を感じたり、懐いたり、絶対にしたくないんです。そんなの、苦痛でしかない。恐怖でしかない。コンドーム、ですよ。セックスはしたくても、妊娠はしたくない。だから……。分かってください。お願いします」
 それは決して脆い口調ではなかったけれど、冗談で返す気にはならなかった。ただ、少し気になった。
 ――コウコは、本当に誰とも繋がりたくないの? このままずっと?
 それは、何の気なしの問いかけだった。当たり前です、という返答がくると思っていた。だが、なかなか答えは返ってこなかった。一分ほどしてから、機嫌を損ねてしまったのかな、とコウコの様子をうかがう。
 コウコは、目を見開いて膝の上の手を見つめたまま、無音で涙をこぼしていた。
 ――ちょ、コウコ?
 コウコが、僕の方を見もせず、涙を流したままで叫ぶ。
「私だって……。私だって、できるなら誰かと親しくなりたいに決まってるじゃないですか! 信頼しあう温かさとか味わいたいに決まってるじゃないですか! でも、私には無理なんですよ!! 知ってるくせに!!」
 僕らしかいない路地裏に、その声は響いた。
 鈍すぎる僕は、コウコが必死に押し込めていた物に不用意に触れてしまったのだと、今になって気付く。それと同時に、今日も何度か浮かんだ疑問の答えが、少し分かった気がした。
 コウコはどうして、気持ち悪いと感じる僕に会おうとするのか。そんなのシンプルなことだった。結局、コウコは人が好きなんだろう。当たり前だった。コウコは、人に嫌われるのが異常に怖いけれど、それ以外は普通の人間だ。孤独に耐え続ける精神性なんて、持ち合わせちゃいない。だから、不快な相手でも、僕に会おうとした。人は一人では生きられなくて辛い、とコウコは言ったことがある。僕はそれを、社会的・経済的な意味で、だと思っていた。けれど、それはきっと違っていたのだろう。コウコの精神もそうなのだ。一人でいたくても、物理的社会的にだけでなく、心も誰かを求めてしまう。近付けば苦しむだけだと分かっていても、それでもなお。まるで、呪いや懲罰のようだ。
 どうしてだろう、泣いているコウコの気休めになりたいと思った。
 ――いつか、できるかも、しれないじゃないか。人は変わる。コウコだって。
「……それは、飢餓者に食べ物の匂いだけを嗅がせるような発言ですよ」
 僕は、肝心なところで口下手だ。慰めるつもりで、抉ってしまう。
 ――ごめん。
「謝らないでください」
 僕は沈黙するしかなかった。微かに、コウコが鼻をすする音がする。そのまま、しばらく僕は路地の影を見つめ続けた。コウコが何を見ていたのかは分からない。コウコのことが少し理解できたつもりになったって、その程度のことすら分からない。
 コウコが涙をおさめた頃、やっと僕はコウコを見て、口を開けた。
 ――いつか、コウコは、僕がコウコに何を望むかって聞いたよね。僕がコウコから何かを得られていないと落ち着かないって。僕は、コウコが僕を好きかどうかはどうでもいい。僕がコウコと会うのは、殴らせてくれるからでも、抱かせてくれるからでもない。ただ、なんとなく会いたいんだ。だから、さ。コウコ、まだ、僕に少し気を遣ってるじゃないか。そんなの、なくしていいよ。嫌なことは嫌と言えばいい。それでも多分、コウコがコウコっていうことから逃げられないように、僕は僕だから、僕は駄目な人間で、コウコが僕を好きになることはないから。
 気休めにもなっていないという自覚はあった。コウコが、人と親しくなりたくて、けれど人が怖い、という核心に対する何の助けにもなっていない。けれど、僕にはこんなことしか言えなかった。
 それに対し、コウコはまだ濡れている瞳を僕に向け、ゆっくり首を振った。
「……嘘、ですね。そんな発言は、私にとって都合が良すぎる。気紛れなご機嫌取りは結構です。それで私がほだされたらどうするんですか」
 そう、嘘だ。僕は、コウコがいつか僕に親しくなってしまう変化を見たくて会い続けているし、思うさま殴れるから、セックスできるから、というのも大きな要素だ。それにコウコは、こうして大嘘つきな僕の嘘を見破ってくれる。それも凄く嬉しい。いつか、コウコが僕の嘘を全部見抜いて、それでも僕を必要としてくれたら……いや、やめよう。そこまで依存したくはない。僕はこんなコウコに更に何を求め、奪おうというのだろう。言い訳程度の自制で、僕は、コウコに、僕の望みの全ては言わない。コウコに期待を押し付けたりはしない。僕はコウコが好きだから。好きなはずだから。
「私は、あなたが最低で、私と時々会ってくれていればいいんです。それで満足です。気遣いなんて、いりません。分かりましたか?」
 まるで判決を告げるかのような声で、穏やかとすら表現していいような表情で、コウコは言う。
 本当に、コウコはもっと欲張りになるべきだと思う。きっともう、欲を張ることに疲れきってしまったのだろうけれど。そして、僕が与えられる物は、ほとんどない。薄っぺらな僕が持ち合わせている物は凄く少ない。それでも無理に与えようとすればコウコは僕の前から去る。そもそも、人を弄ぶ習性の僕は、こんな風にコウコのことを思い続けることができないだろう。今は、コウコの心を少しでも安らがせたいと思っている。でも五分後には、また酷いことをして、身も心も傷つけようとしかねない。
 それでも、ただ、僕に人間性がある今の内だけは、と思う。願う。死という破滅が運命づけられていてもなお、生きて現世の幸せを求める人間の象徴のように、今は。
 僕は、コウコの手を握った。コウコもそっと、自然に僕の手を握り返した。繋がることなく、触れあうために。僕たちは、そんな関係だ。もう少しの、間は。




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